東京高等裁判所 昭和52年(く)114号 決定 1977年6月08日
主文
本件各抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、弁護人田中繁男作成名義の抗告申立書および被告人本人作成名義の即時抗告と題する書面に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。
一、所論は、被告人は、昭和五二年五月三〇日の公判期日に出頭しようと思っていたところ、突如保釈を取り消され、収監されたものであって、被告人が保釈の指定条件に違反した事実はなく、被告人が指定条件に違反したとする原決定は、事実を誤認したものであるというのである。
よって、記録を調査して検討すると、本件記録によれば、
(一)、被告人は、昭和五一年一〇月九日傷害罪により、身柄勾留のまま東京地方裁判所に起訴されたこと、
(二)、二回の公判を経たあと、被告人の私選弁護人伊藤哲は、被告人が手がけているゴルフ用地買収の下請工事について被告人自身が整理をしなければならず、かつ被告人の病身の老母が保釈を強く希望しているので、せめて判決宣告までの僅かな期間だけでも保釈してほしいとの理由により、被告人の保釈を請求し、同裁判所は、同五二年二月三日被告人を保証金一五〇万円、制限住居を被告人の肩書本籍、住居地と定めて保釈を許可したが、その際「召喚を受けたときは、必ず定められた日時に出頭しなければならない。」旨の指定条件を附したこと、
(三)、被告人は、同月五日保釈により釈放されたこと、
(四)、しかるに被告人は、同月一七日の第四回公判期日、同年三月三日の第五回公判期日、同月二四日の第六回公判期日、同年四月二一日の第七回公判期日(いずれも判決宣告期日)に出頭せず、右各期日には伊藤弁護人が出頭し、医師大野雅人作成の診断書に基づいて各公判期日の変更を求めたこと、
(五)、医師大野雅人作成の診断書に記載された被告人の病名は、昭和五一年二月一七日付のものは後頭部、腰部打撲症、同年三月一日付のものは頭部、腰部打撲内出血、同月二三日付のものは頭部、腰部打撲症、内出血、兼神経性胃潰瘍、同年四月二〇日付のものは神経性胃潰瘍、ノイローゼであり、治療期間については、右二月一七日付のもののみ安静加療二週間を要すとされているが、その他の診断書には治療期間の記載がないこと、
(六)、同年三月二二日伊藤弁護人は、事務員鈴木睦吉を被告人が入院している石川町所在大野診療所に派遣し、右鈴木は、被告人に面会したところ、素人目ながら判決宣告期日に出頭することは不可能ではないように見えたので、被告人に対し右のような病状では何回も期日の変更は許されないこと、正当の理由のないのに出頭しないときは保釈を取り消され、収監されることもありうることを警告したこと、
(七)、検察庁では、同年五月一〇日右大野医師に電話して被告人の病状を照会したところ、被告人が同月一六日の公判期日に出頭することはできる旨の回答があったこと、
(八)、しかるに、被告人は、適式の召喚を受けながら、右五月一六日の公判期日(第八回)に出頭せず、あまつさえ、被告人の出頭に努力をした伊藤弁護人を同日解任してしまったこと、
(九)、検察庁では、同月一八日さらに右大野医師に電話で照会したところ、同医師から、被告人は公判期日に出頭できる状況にある旨の回答があり、同日被告人の保釈の取消を請求し、原裁判所は、被告人が指定条件に違反したことを理由として同日保釈を取り消し、保釈保証金一五〇万円のうち一〇〇万円を没収する旨決定したこと、
(一〇)、被告人は、同月二四日東京拘置所に収監されたこと、
以上の事実を認めることができる。
してみると、被告人は、昭和五二年五月一六日の第八回公判期日に正当の理由がないのに出頭しなかったことによって、保釈の指定条件に違反したものであることは明らかである。そして、昭和五一年九月以来約四月余り冬期間の勾留に耐えた被告人が、ゴルフ用地買収の下請工事を手がける必要があるとして保釈されながら、釈放されるや、入院し、しかもその病名が次第に変化するなど、大野医師作成の診断書には全幅の信頼を置き難いことを考えると、被告人はことさら裁判の遅延を計った疑いが濃く、被告人が昭和五二年五月三〇日の第九回公判期日には出頭する積りでいたとする所論は採用し難い。
従って、被告人が指定条件に違反した旨認定した原決定に事実の誤認は存しない。
二、所論は、被告人が逃亡しようとしたものでもなく、結果的に身柄を収監できたのに、保釈保証金一五〇万円のうち、その三分の二に当る一〇〇万を没取した原決定は、裁量の範囲を逸脱し、違法であるという。
しかし、保釈保証金は単に被告人の逃亡を防止するためのみのものではなく、右一に記載したような事情の下では、たとえ身柄が収監できたとしても、保釈保証金一五〇万円のうち一〇〇万円を没取した原決定が、裁量の範囲を逸脱し、違法であるとは考えられない。
三、所論は、保釈取消決定および保釈保証金没取決定は、事前に、遅くとも収監と同時に告知されなければならないところ、本件においてはその告示がなされていないのに収監がなされたものであって、右収監は違法であるという。
しかし、保釈取消決定を受けた被告人に対し、収監の前、もしくは収監と同時に保釈取消決定騰本を送達する必要はないものと解するのが相当であるのみならず、裁判の執行に対する不服の申立は、裁判自体に対する不服申立とは別途になすべきものであって、所論それ自体失当である。
なお、当裁判所の調査によれば、福島地方検察庁白河支部検察事務官は、昭和五二年五月二三日収監に先立ち、予め被告人に対し、その制限住居において、勾留状騰本および保釈取消決定(保釈保証金の一部を没取する旨の判示部分を含む。)謄本を示し、かつ保釈が取り消された旨を告げて収監に着手したことが認められるから、その執行の手続に違法のかどはない(被告人が東京拘置所に収容されたのち、保釈取消決定謄本は、同月二八日同拘置所長に対し送達されている。)
四、よって、本件抗告はすべて理由がないから、刑事訴訟法四二六条一項により、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 綿引紳郎 裁判官 石橋浩二 藤野豊)